ミカワシライトソウ?ではないようだ!

 

三河白糸草? シュロソウ科 シライトソウ属

(学名不明)

 

ミカワシライトソウとされている植物  2015.05.30撮影 愛知県
 ミカワシライトソウとされている植物  2015.05.30撮影 愛知県

 

 白いブラシのような、不思議な形をしたこの植物とは、2015年に愛知県に遠征して初対面を果たしました。 観察当初はミカワシライトソウであると思っていましたが、詳細を調べるにつれ疑問が湧き上がり、初めて「?」マーク付きの掲載種となりました。 まずはこの植物を詳しく見ていきましょう。

 

ミカワシライトソウ?の花茎の高さは15〜40cmほど
 花茎の高さは15〜40cmほど

 

< ミカワシライトソウの発見 >

 

 ミカワシライトソウは、チャボシライトソウ Chionographis koidzumiana Ohwi の変種 var. mikawana Ohwi et Okuyama として1953年に発表されました。(*1)。 チャボシライトソウは、本州(愛知県、紀伊半島)、四国、九州に分布しますが、愛知県産で大型のものを、新変種ミカワシライトソウとして区別すべきであるとして、発表されたのです。

 

 

< ミカワシライトソウは、チャボシライトソウ? >

 

 ところが、その翌年の1954年に、チャボシライトソウを研究している別の研究者の自生地における調査により、ミカワシライトソウはチャボシライトソウと区別はできない、つまり同種であるとの見解が発表されました(*2)

  • シライトソウと同じように大型のものから小型のものまであり、小型のものにおいては、チャボシライトソウと区別ができない。
  • 花被の色が淡緑色〜淡紫色であり、シライトソウのように白色ではなく、チャボシライトソウと同じ特徴を有する。
  • 自生地の環境がチャボシライトソウのそれと似ている。

以上のことから、種として区別はできないとの結論に至ったようです。

 

 そして現在では、この2種を区別しないことが多いそうです(*5)

 

< この植物は、ミカワシライトソウではない? >

 

 以上の経緯から、少なくともチャボシライトソウとミカワシライトソウは、よく似ているのではないか? と推測しました。 一度は大きさで区別されたが、やはり同種であるとの見解が出されたりした訳ですからね。 そしてチャボシライトソウの特徴一つは、上側の花被片が糸状で、淡紫色〜淡緑色を呈していることです(*3、*4)

 

 今回見ることができた植物の花は、上側の花被片は線形で、先端に向かうほど太くなっています。 糸状と表現するのは不適切で、線状というべき形状でした。 そして色は白色。 このことだけを見ても、この植物がミカワシライトソウやチャボシライトソウではない、といえる根拠になると考えます。

 

 チャボシライトソウは、環境省が絶滅危惧Ⅱ類に指定している希少種です。 まだ見たことがないので写真を掲載できませんが、資料をいろいろ調べると、山と渓谷社の「山に咲く花」(*3)にある写真などが適切なようです(2005年発行の旧版 p.472でも同じ写真) 。 もしお持ちの方は、ご覧になってみて下さい。

 

 あるいは、こちらの外部サイト(*6)で、鮮明な写真を見ることができます。 本ページの写真と較べてみると、本ページの植物は、チャボシライトソウとはかなり様相が異なると思います。 チャボシライトソウと異なって見えるということは、ミカワシライトソウではない可能性が高いと言えると考えます。

 

花被は細いが、糸状というほどではなく、線形
 花被は細いが、糸状というほどではなく、線形

 

< ミカワシライトソウに会いに、つくばへ >

 

 しかし調査を進めていくと、意外なことがわかってきました。 1954年にミカワシライトソウはチャボシライトソウと区別できないとしたこの論文により、ミカワシライトソウはチャボシライトソウと同一種であると、確定した訳ではなかったようなのです。

 

 そう考える理由は、千葉大学付属図書館の「千葉大学学術成果リポジトリ」で、ミカワシライトソウとされる植物の標本画像を見つけたからです(*7)。 画像を転載することはできないので、ぜひページ下のリンクからご覧になってみて下さい。

 

 標本の植物の採集年は、1989年。 ミカワシライトソウはチャボシライトソウと区別できないとの見解が出されてから35年後、そして今から27年前になります。 少なくともその時点では、ミカワシライトソウを変種として区別するという見解が、まだ残っていたと言えるでしょう。

 

 このネット上の標本画像は、貴重なものではありますが、残念ながらあまり鮮明なものではありません。 画面から花の細かな部分の判別はできませんでした。 こうなれば、標本の原本を見たくなります。 しかし千葉大付属図書館に問い合わせたところ、標本は国立科学博物館(以後 科博)に移管されていたとわかりました。

 

 ここで諦めたくないので、ある特別なルートを通じて科博に問い合わせてみたところ、とても幸運なことに、原本の閲覧が許可されました。 通常は大学などの研究機関でなければ難しいところです。 今回は特別な対応をしていただきました。

 

 科博の植物研究部は、茨城県のつくば実験植物園の敷地の一角にありました。 対応して下さったのは、植物研究部 陸上植物研究グループの研究主幹、秋山忍先生です。 秋山先生は(標本の)コレクションマネージャーも兼務されているので、標本閲覧にご対応下さったのだと思います。 秋山先生は、中国・ヒマラヤ地域で多様化した植物の分類学的研究などを始め、日本産種子植物に関する研究やアジア産種子植物に関する研究などをご専門とされる、植物分類学の第一人者です。

 

 さて、目的の標本です。 私たちがリクエストしたのは、故萩庭丈壽(にわばじょうじゅ)千葉大学名誉教授が生涯をかけて収集・作成された、5万点以上の顕花植物さく葉標本の中のから、1989年5月21日に三河で採集された4点でした(*7のTNS番号参照)。 それらを準備していただいたのに加えて、秋山先生はもう2点の標本を準備下さっていました。 それらは、それぞれ1953年と1954年に採集されたものでした(*8)。 ミカワシライトソウが新種発表された年、そしてチャボシライトソウと区別できないとされた年の標本のため、非常に興味深く拝見しました。

 

 標本を閲覧した詳細を語る前に、先に重要なことをお断りしておきます。 標本にはすべて学名や「ミカワシライトソウ」の種名が記載されていますが、これらはすべて標本の採集・作成者の見解であって、科博が同定したものではない、ということです。 科博は標本を収集・保管・活用のための管理をしますが、すべての標本について同定している訳ではありません。 今回のケースも、同定についてはあくまでも標本の作成者の考えによるものであり、科博がその内容を保証するものではないということです。

 

 

< 標本観察 >

 

 標本でまず確認したかったのは、花被の様子です。

 

根出葉
 根出葉
茎葉
 茎葉

 

 一方、平凡社の「日本の野生植物Ⅰ」(*4)の写真は、チャボシライトソウとされていますが、チャボシライトソウの特徴と相違があるので、違う植物の写真と思われます。 では何か? と問われると答えに詰まってしまいますが、シライトソウか、その近縁種ではないかと思います。 さらにこの写真は、今回私達が見ることができた植物と、よく似ているのです。 撮影地は異なりますが、とても近かったのです。

 

 

 今回、標本観察で初めてつくばを訪れました。 科博の研究主幹ともなれば、私たちのようなただの花好きにとっては、雲の上の存在。 実は、お会いする前は少し緊張しました。 大変偉い先生なので、私たちのようなシロウトは軽くあしらわれてしまうかも?という不安もありました。 しかしお会いすると、まったくそのようなことはありませんでした! 秋山先生は大変穏やかな方で、私たちにもきちんと向き合って、最大限の対応してくれたのです。 本当に感謝です。 先生のファンになってしまいそうです。 ご多忙な中、貴重なお時間を割いていただきました。 この場を借りまして、改めて御礼申し上げます。 ありがとうございました。

 

 

 

< 引用・参考文献、及び外部サイト >

 

*1 大井次三郎・奥山春季 「新変種ミカハシライトソウ」 植物研究雑誌 28: p.304

*2 村田源 「チャボシライトソウとミカワシライトソウ」 植物分類地理 No.15:

   p.157-158   この論文はCiNii(外部サイト)のこのページから閲覧可能です。

   http://ci.nii.ac.jp/naid/110003759097

   (上のページでオレンジ色の「CiNii 論文PDF オープンアクセス」ボタンをクリック)

*3 山に咲く花 山渓ハンディ図鑑2 増補改訂新板 p.63

   シライトソウ チャボシライトソウ

   山と渓谷社 2013年3月30日 初版第1刷 

*4 日本の野生植物Ⅰ 草本 単子葉類 p.27 シライトソウ属  写真:PL18 No.4

   平凡社 1982年1月20日 初版第1刷

*5 レッドデータブックあいち2009 チャボシライトソウ

*6 宮崎と周辺の植物 FILE No 578 チャボシライトソウ

*7 千葉大学学術成果リポジトリ(CURATOR)科博の標本・資料データベース

   CURATORにあるミカワシライトソウの標本写真メタデータのページは、以下です。

   それぞれのページの下方にある「標本画像へのリンク」のURLをクリックして下さい。

 

   http://mitizane.ll.chiba-u.jp/meta-bin/mt-pdetail.cgi?cd=00056604 TSN:953786

   http://mitizane.ll.chiba-u.jp/meta-bin/mt-pdetail.cgi?cd=00056605 TSN:953787

   http://mitizane.ll.chiba-u.jp/meta-bin/mt-pdetail.cgi?cd=00056606 TSN:953788

   http://mitizane.ll.chiba-u.jp/meta-bin/mt-pdetail.cgi?cd=00093902 TSN:989935

   TSNType Specimen Database No.):科博のタイプ標本データベースの番号です。

     科博の以下の標本検索ページでTSN番号を入力することで、標本の情報が検索可能です

    (画像は見ることができません)。

     http://db.kahaku.go.jp/webmuseum/collect/search_rule.do?class_name=col_b1_01

   ※ ブラウザで画像を大きくして表示したい場合は、Windowsでは ctrl キーと + キーを

    押すと拡大します。Macでは command キーと + キーです。縮小は "+"の代わりに

    "-" (マイナス)キーを押します。Macでは command キーと"0"(ゼロ)キーで標準サイズ

    に戻せます。

   ※ CURATORは近日システムリプレースを実施する予定があり、上の4つのURLは

    アクセス不可になる可能性があります。そうなった場合できるだけ早く新URLの

    情報に変更するつもりですが、もしリンク切れを発見された場合は下のコメント

    欄からお知らせいただけると助かります。

*8 ⑤ TSN:98862 採集日:1953年5月31日 採集者:井波和大

    (このTSN番号はデータベース検索でヒットしなかった。TSN:98861は存在した)

   ⑥ TSN:111975 採集日:1954年8月15日 採集者:倉田悟

    (このTSN番号はデータベース検索でヒットしなかった)

 

 

2016.02.?? 掲載