フジチドリ

 

富士千鳥 ラン科 ミヤマモジズリ属

Neottianthe fujisanensis (Sugim.) F.Maek.

日本固有種  絶滅危惧ⅠB類 (EN)

#1 フジチドリ  2016年7月(このページのフジチドリの写真すべて)
#1 フジチドリ  2016年7月(このページのフジチドリの写真すべて)

 

 初めて目にした瞬間、「小さーい!」と思いました。 小型の植物であるとの予備知識はありましたが、こんなにも小さいとは! 苔の中に埋もれるように咲き、花の小ささはもう、老眼には観察が厳しいレベルです。 もし高い樹幹についていたら、見つけるのは困難を極めるでしょう。

 

 プナなどの落葉広葉樹の樹幹に着生する多年草です。  茎は高さ5cm程度と小さく、基部に葉を1個つけます(*1)。 楕円体状の球根から茎と葉を出しますが、今回苔に埋もれた球根を観察することはできませんでした。

 

 かつてはテガタチドリ属に分類されていましたが、APG-Ⅲ分類体系ではミヤマモジズリ属となっています。 和名は発見地の富士山に因みます。

 

#2 フジチドリ
#2 フジチドリ

 

 葉は披針状楕円形で、長さ4〜5cm、 幅7〜10 mmで先は細くとがり、縁は波打ちます。 波打つ度合いは、個体差があるようです。 写真#2では左に2個、右に1個の葉が見えます。 花茎は2本しか見えないので、左の小さい葉は、まだ花茎を伸ばるほど成長していない株の葉かも知れません。

 

 分布は、以前は富士山・愛宕山・丹沢山地に限られると考えられていましたが、その後各地で発見されています。 少し調べたところ(*3)、北海道(*4)、青森県(*5)、岩手県(*6)、秋田県(*7)、新潟県(*8,*9)、栃木県、山梨県(*10)、神奈川県(*11)そして静岡県(*12)に分布する(していた)ようです。 栃木県は具体的な資料が見つかりませんでした。 神奈川県では絶滅とされています。

 

 もともと個体数が少ないところに、心無い園芸愛好家や業者による園芸・売買目的の盗採、そしてブナ林の減少などの環境の悪化で、各地で大幅に数を減らしており、絶滅寸前です。 環境省により絶滅危惧1B類(近い将来における絶滅の危険性が高い種)に指定されており、自生地を有する各地の自治体からも、概ね同じレベルの指定を受けています。 こんな状態の植物を盗採する者は、本当に大罪です。 見つけても絶対に盗採してはなりません。

 

#3 フジチドリの花の側面
#3 フジチドリの花の側面

 

 花は長さ5〜6mm(4mm)と、とても小さいです。 花色は、白色の下地に淡い桃色を帯びます。  6〜7月に、3〜5個の花を偏った向きでまばらにつけます。 苞は披針形です。

 

 背萼片・側萼片・側花弁が合わさり、かぶと状になります。 5個の花被片がまとまってしまっているので、細かなことはわかりませんでした。 唇弁については、後の写真で説明します。 花柄子房は、この写真で見る限り「ねじれ」はないようです。

 

 半透明にも見える、可愛い距に目が行きました。 距は萼裂片より短く、先が丸くなっています。 この記事を書いている数週間前に初めて見ることができたヒナランを思い出しました。 ヒナランもこのような半透明で小さな距を持っています。 いやいや、距だけではなく、花全体の雰囲気もなんとなく似ていますぞ。 写真#4のヒナランを見て下さい。

 

#4 ヒナラン  (雛蘭) ラン科 ヒナラン属  2020年7月
#4 ヒナラン (雛蘭) ラン科 ヒナラン属  2020年7月

 

 かなり雰囲気が似ていませんか? しかしヒナランはヒナラン属、本種はミヤマモジズリ属ですから、属のレベルで違うのです。 いわゆる「他人の空似」なのでしょうか?

 

 ところが、最近の図鑑(*13)を見ると、ヒナランのページにこのように書かれています。 『ヒナラン属はヒマラヤ〜中国にかけても広く分布するが、DNA情報を使った研究では、ひとつの系統群ではないことがはっきりしたので、属レベルの分類の見直しが必要である。 たとえばヒナランは、同属の他種よりも別属のミヤマモジズリとより近縁である

 

 本種とヒナランの関係については触れられていませんが、ヒナランが本種と同じ属であるミヤマモジズリと近縁であるということは、本種とヒナランもそう遠くない仲間であることを示唆していると思います。 「他人の空似」ではなかったのです! 

 

#5 倒木の上に咲くフジチドリ
#5 倒木の上に咲くフジチドリ
#6 フジチドリ
#6 フジチドリ

 

 花を正面から見ると、縦長でほっそりした印象です。 背萼片・側萼片・側花弁が重なり合ってかぶと状になり、個々の花被片が開かないので、そのように見えるのでしょうね。

 

#7 フジチドリの花
#7 フジチドリの花

 

 唇弁は長手方向の半分あたりから3裂していました。 側裂片はとても小さいです。

白色の地に、淡い桃色で縁取られています。 唇弁の奥には、暗紅色の小さな斑紋が数個あります。 とても小さいですが、じっくり観察すれば、なかなかかわいいで花です。

 

  このページで掲載した場所のフジチドリは、非常に残念ながら、消失しました。 生えていた場所の苔もろともなくなっており、目にしたときは声を失い立ち尽くしました。 そのときは盗採されたと思い、怒りで腹わたが煮えくり返る思いでした。

 

 その後人づてに聞きましたが、盗採ではなく、苔ごと自然落下したとのことです。発見した方が倒木に戻してみたものの、時間が経過し過ぎており、再生しなかったとのことです。 真偽のほどを確認することはできませんが、本当に残念なことです。

この森のどこかで、別の株が生きていてくれることを願うばかりです。

 

 

< 引用・参考文献、及び外部サイト >

文献・図鑑などの著作物や、個人・法人のWEBサイトには著作権があることをご理解の上、ご利用下さい。

 

*1 日本絶滅危惧植物図鑑 レッドデータプランツ

   宝島社 1994年3月20日 第1刷発行 p.94

 

*2 日本の野生植物 草本 1 単子葉類

   平凡社 1982年1月20日 初版第1刷 p.201

 

*3 日本のレッドデータ検索システム  フジチドリ

   http://jpnrdb.com/search.php?mode=map&q=06050326905

 

*4 北海道にもあったフジチドリ Neottianthe fujisanensi 北方山草 29 (2012)

   http://hopposansokai.web.fc2.com/kaishi/no29/29-12.pdf

 

*5 青森県の自然を切り撮る フジチドリ 白神山地

   https://ameblo.jp/tugarukanbo1958/entry-12497105975.html

 

*6 いわてレッドデータブック フジチドリ

   http://www2.pref.iwate.jp/~hp0316/rdb/01shokubutu/0193.html

 

*7 秋田県版レッドリスト2014(維管束植物)

   https://www.pref.akita.lg.jp/pages/archive/7923

 

*8 新潟県における保護上重要な野生生物

   https://www.pref.niigata.lg.jp/uploaded/attachment/50774.pdf

 

*9 J-STAGE 森林生態系保護地域 佐武流山周辺 2002

   https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsk/34/0/34_KJ00001916593/_article/-char/ja

 

*10 2018 山梨県レッドデータブック

   https://www.pref.yamanashi.jp/midori/documents/6syokubutsu1.pdf

 

*11 神奈川県レッドデータブック 2006WEB版 フジチドリ

    Calendar.google.com/calendar/render?tab=wc#main_7

 

*12 静岡県版レッドリスト 2020

    レッドリスト植物

 

*13 日本のラン ハンドブック ①低地・低山編 ヒナラン p.16

    http://www.bun-ichi.co.jp//tabid/57/pdid/978-4-8299-8117-7/catid/1/Default.aspx 

    文一総合出版 2015年5月1日 初版第1刷

 

  

2020.07.28 掲載

 

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