カイサカネラン

 

甲斐逆根蘭 ラン科 サカネラン属

Neottia furusei  Yukawa et Yagame

日本固有種  絶滅危惧ⅠA類(Critically Endangered)

#1 カイサカネラン 2017.09.03 長野県 B
#1 カイサカネラン   2017.09.03 長野県 B

 

 高さ10~20cmの菌従属栄養植物のランです。 全体が淡い緑色を帯び、花被片の外面や子房に短い白い毛が密生します。 茎の基部には膜質な鞘状葉(そうじょうよう)があります。

 

 和名の「甲斐」は1948年に山梨県で発見されたことに由来します。「逆根」は地中の根茎から、先が上向きになる根を多数束生することに由来します。

 

 本種は1948年に発見されましたが、その後長きに渡り見つからず「幻の野生ラン」ともいわれてきたそうです。 1998年に長野県で再発見され(*1)、その後学名が見直しされるなどされ、現在に至ります。

 

 自生地は非常に限定され、環境省が絶滅危惧ⅠA類に指定しているほどなので、見たいと思っても情報がほとんど得られませんでした。 しかし2016年にある場所で偶然出会って意気投合した方が自生地をご存知で、教えていただきました。 一生かけても見ることが叶わないと思われた花を見ることができて、本当に感謝です。

 

#2 カイサカネランは、小石混じりの硬い地面に咲いていた 2017.09.03 長野県 B
#2 カイサカネランは、小石混じりの硬い地面に咲いていた   2017.09.03 長野県 B

 

 資料などでは、「腐葉土の厚く堆積した場所に生える」とありましたが、訪れた場所の環境は少し違いました。 腐葉土はなく、小石がたくさん混じってやや硬い、湿った地面でした。 自生ポイントは新たに発見した場所も含めて5ヶ所になりましたが、4ヶ所がこのような環境で、1ヶ所は腐葉土が厚く堆積した柔らかい地面でした。(5ヶ所の自生ポイントは、花友さんと相談してA〜E地点と名付けました)

 

 蛇足ですが、写真#1には、大小合わせて8株が写っています。 重なり合ってわかりにくいのですが、上から見た#2では番号を振ったのでわかります。

 

#3 カイサカネラン   2017.08.27 長野県 C
#3 カイサカネラン   2017.08.27 長野県 C

 

 「サカネランエゾサカネランに似る」との説もありますが、あまり似ていませんでした。 まず淡い緑色を帯びた点が、淡褐色のこれら2種とは異なり、まったく別種であることを感じさせます。 また大きさも半分程度と小さく、花数もずっと少ないことに加え、花期も8〜9月であり2種の5〜6月よりかなり遅い。 花の形もかなり違うので、見間違える可能性は低いと思われます。

 

 茎の基部に鞘状葉がある・全体に毛が生えている・唇弁の先端が2裂する、という点はサカネランとの共通項です。

 

#4 カイサカネラン 2016.08.21 長野県 A
#4 カイサカネラン    2016.08.21 長野県 A

 

 #4は、初めて見ることができたときのカイサカネランです。 大感激の中での撮影でした。 ここには薄く腐葉土がありましたが、やはり小石混じりの硬めの地面でした。

 

#5 カイサカネランの花序
#5 カイサカネランの花序

 

 カイサカネランの花序は、#5のように「もしゃもしゃ感が満載」です。 何がどうなっているのやら、パッと見ではわかりません。 なぜそのような印象を受けるのか?  理由を考え具体的に列挙してみると、そのまま本種の特徴になりました。

 

・花は上向きにつく。

・萼片と側花弁がほぼ同形・同長で見分けにくい。唇弁もやや大きい程度。

・唇弁を含めたすべての花被片と花柄子房・苞・花茎が同系色。

・苞が花とほぼ同長。

・上記すべてが密につき、さらに全体に細かい毛が生える。

 

となりました。 このため花単体の鮮明な写真を撮ることが困難でした(と、うまく撮影できなかったことを花のせいにする)。 #4の中央付近の2花を切り取ったのが次の#6です。

 

#6 カイサカネランの花各部の名称
#6 カイサカネランの花 各部の名称

 

 写真#5の2個の花を使って、各部の名称を示しました。 花柄子房と苞の図示は省略しました。  カイサカネランの花を正面からとらえた写真を撮影するためには、上方から撮影しなければならなかった、と今になって気が付きました(実は、撮るには撮ってあったのですが、みなピンボケでした)。

 

#7 カイサカネランの唇弁の先端は2裂する(矢印部3ヶ所)
#7 カイサカネランの唇弁の先端は2裂する(矢印部3ヶ所)

 

 #6では唇弁の先端部の形状がよく見えないので、#7を掲載しました。 花序を下から見上げた写真ですが、3ヶ所ほど唇弁の先端の形状が見えます(矢印部)。 唇弁の先端は2裂しています。 縁は波打って、細かな欠刻も見え、滑らかな形状ではありませんでした。

 

#8 カイサカネランの唇弁は先端が2裂する
#8 カイサカネランの唇弁は先端が2裂する
#9 唇弁の縁は波打ちやや内曲する
#9 唇弁の縁は波打ちやや内曲する

 

 もう少し唇弁の写真を。 あまりよい写真がないので数で補います。 #8は唇弁が横になってしまっていますが、唇弁全体の形状が見て取れます。 2裂する先端の裂け具合は浅いことがわかります。 #9では唇弁の縁が波打ち、先端部はやや内曲することがわかります。 唇弁の側面はやや白っぽい感じです。

 

 次に、比較のために同じサカネラン属の4種の花を見てみます。

 

#10 エゾサカネラン 2010.07.10 長野県
#10 エゾサカネラン 2010.07.10 長野県
#11 サカネラン 2015.05.24 山梨県
#11 サカネラン 2015.05.24 山梨県

#12 タンザワサカネラン 2017.06.24 福島県
#12 タンザワサカネラン 2017.06.24 福島県
#13 ヒメムヨウラン 2012.07.07 長野県
#13 ヒメムヨウラン 2012.07.07 長野県

 

 #10〜#13で見たいただくとわかるように、「属」のレベルで比較すると、非常に多様性に富んでいることがわかります。 似た者同士はエゾサカネランとサカネランくらいで、タンザワサカネランヒメムヨウランなどは同じ属とは思えないほどに形状が異なります(ヒメムヨウランに至っては唇弁が上側につきます)。

 

#14 カイサカネランの茎の基部には鞘状葉がある
#14 カイサカネランの茎の基部には鞘状葉がある

 

 カイサカネランの茎の基部には、白っぽく、薄く膜質な鞘状葉がありました。 茎の基部を抱き、刀のさやのようになっています。 このような鞘状葉は、サカネラン属に共通の特徴のようです。

 

#15 カイサカネランの「逆根」 2017.08.27 長野県 D
#15 カイサカネランの「逆根」    2017.08.27 長野県 D

 

 とても幸運なことがありました。 根が露出した株があったのです。 サカネラン属の名の由来ともなる根。 「先が上向きになる根」とはいったいどんな様子なのだろう? と、長年疑問に思ってきました。 私たちは観察のためであっても根を掘り返すようなことは絶対にしないので、根を見たことがなかったのです。

 

  根は、確かに上を向いて束生していました。 白く、棍棒状のようにも見え、基部から先端まであまり太さが変わらないように見えます。 先端は丸くなっています。 普通、植物の根は横方向から下方向に伸びますが、本種の根は明らかに逆の上向きに生えており、まさしく「逆根(さかね)」です!

 

#16 カイサカネランの「逆根」
#16 カイサカネランの「逆根」

 

 菌従属栄養植物である本種は、樹木が生産する光合成産物を、菌根菌を経由してこの根から獲得しています(*6)。 本種には葉も葉緑素もないので光合成はできず、従って本種から菌たちに炭素源などを渡すことはありません。 菌が根に寄生しているのではなく、本種が菌に寄生し、栄養源を奪取しているのです。 本種も含めた菌従属栄養植物は、普通の植物とはかなり変わった生活様式をもつ植物なのです。

 

 私たちは根を見ることができて幸運でしたが、この株は大切な根が露出してしまって、緊急事態なのだろうと思います。 何が原因で露出してしまったのだろう...? 根に土をかけてやろうかとも思いましたが、やめました。 何らかの自然の現象でこのようになったのでしょうから、人間が勝手な判断で手を加えるべきではないと考え、何もせずにその場を離れました。  この判断が正しかったのか、わかりません。 希少植物の保全という意味では、土をかけてやった方がよかったのかも知れません。

 

 本種は大変希少な植物であるため、本ページでは自生地の荒廃を防ぐため、県名以上の地名や、観察地の標高の情報は不掲載としました。

 

 

< 引用・参考文献、及び外部サイト(順不同、敬称略) >

 

*1 カイサカネラン再発見される 1998 今井建樹、井上健

   J-Stageこちらから閲覧可能

*2 北海道におけるカイサカネラン(ラン科)の産地 2007 内田暁友、滝田謙譲

   北海道自然史研究会斜里町立知床博物館発行 「知床博物館研究報告」から閲覧可能

*3 絶滅危惧種の花  カイサカネラン

*4 野の花賛花  カイサカネラン

*5 植物和名−学名インデックス YList  カイサカネラン

*6 菌従属栄養植物の菌根共生系の多様性 2014 谷亀高広

 

※ 外部サイトは、それぞれの運営者の都合により、変更・削除されることがあります。

 

 

2018.05.18 掲載

2018.05.20 菌根菌に関する記述を変更、参考文献を追加