スズムシソウ 特別ページ

 

虫を喰う、ラン!

ヒメヒラタアブを喰う(?)スズムシソウ  2015.06.02 富士山麓
 ヒメヒラタアブを喰う(?)スズムシソウ  2015.06.02 富士山麓

 

写真入手の経緯

 

 日本自然保護協会の自然観察指導員でもいらっしゃる渡邉利夫さんとは、日頃より親しくお付き合いさせていただいております。 いつも私たちには到底マネできないような素晴らしい花の写真を送って下さるのですが、先日のメールに添付されていた写真は、驚愕させられるもので、しばらく目が釘付けになりました。(このページの写真は、2枚とも渡邉さんが撮影されたものです)

 

 

スズムシソウに喰われる虫?

 

 スズムシソウは、ラン科クモキリソウ属の植物です。 上の写真では、2つのスズムシソウの花に、まるで喰われているかの如くハチのような昆虫がくっついています。 写真に写っていない別の株でも、1匹喰われていたそうです。 ハチはまるで生きているように見えますが、触れてみるとすでに息絶えていたそうです。

後でわかったことですが、ハチのような昆虫はヒメヒラタアブの仲間のようです。 ここではヒメヒラタアブとします。

 

 実際にはスズムシソウの花には口はないので「喰われる」という表現はちょっと行き過ぎかも知れません。 しかし、頭部を唇弁の裏側に突っ込んだヒメヒラタアブの姿は、まるでスズムシソウにガブっと噛み付かれたかのように見えます。

 

 

複数同時、が重要!

 

 複数の花で同じようなことが起こっていることが、とても重要だと思いました。

もし1つだけだったら、「アレ、こんな珍しいこともあるんですね〜」で終わらせていた可能性があります。「偶然、何かの拍子にそうなっちゃったのでしょうね」と。

 

 しかし、複数の花で同時に起きているということは、偶然とは考えにくく、必然と考えるのが自然です。 起こるべくして起きた現象と言えでしょう。 では、なぜこんなことが起きたのでしょう?

 

ヒメヒラタアブの体長は10mmほど
 ヒメヒラタアブの体長は10mmほど

 

詳細な様子

 

 上の写真は、1枚めの写真の下側の花を、ヒメヒラタアブをつけた状態で取り外して撮影されたものです。 渡邉さんの観察によると、「ヒメヒラタアブは2つの側萼片に頭を挟まれ、更に逆方向に2つ折りされた唇弁に挟まれ、更に側花弁で翅を支えられたようになっていた」とのことです。 かなり念入りに固定されているようです。 ヒメヒラタアブが誤って挟まってしまったのかも知れませんが、まるでスズムシソウが捕まえたかのようにも見えます。(スズムシソウの花の各部の名称については、メインページのココをご参照下さい)

 


シロウトの推論

 

 なぜこのようなことが起きたのか? ここからはHiroKenのシロウトの推論です。この現象は、花の形状に大きく関係すると思います。 スズムシソウの花は、昆虫へ擬態している可能性があります。 糸状の側花弁は、昆虫の足に見えます。 遠目に見ると、なにやら虫がたくさん集まっているように見えるのではないでしょうか?

 人間の奥様方も、デパートに行ってバーゲンコーナーに人がたくさん集まっていると、「何なに? 何かいいモノを安く売っているの?」とついつい吸い寄せられてしまうように、昆虫も、他の昆虫がたくさん集まっている植物には「おいしい蜜があのるかも!?」とついつい吸い寄せられてしまうのでは?

 

 このことを証明するためには、側萼片を切断した集団を作り、昆虫の誘引数が減った場合どのような要因が効いているのかを検討する必要があると思いますが、まだそのような研究の文献を見つけられていません。

 

 話を戻してヒメヒラタアブが花に「喰われた」原因ですが、スズムシの擬態があまりにうまくできているので、雄のヒメヒラタアブが雌と勘違いして交尾を迫った可能性はないでしょうか? スズムシソウのメインページにも書きましたが、スズムシソウは昆虫に存在を気づいてもらう「広告塔」の役割を持つ唇弁を、目立つように

とても大きく作りました。 しかし大きく薄い唇弁は強度的に問題があり、昆虫が唇弁に着地したときに形状が崩れ、せっかく訪れた昆虫が着地に失敗する可能性があるのです。 これを防ぐために、2個の側萼片で唇弁を下から支えることにしました。

 

 この唇弁と側萼片の成す構造が、雌と勘違いして交尾を迫ろうとした雄を挟み込んでしまう構造ともなっていたのです。 擬態があまりにうまくできたので、スズムシソウ自身も想像もしていなかった結果が生じました。 これはスズムシにとって予想外の結果ではありましたが、ホンモノの昆虫がずっと花に留まっていてくれることは、他の昆虫の誘引率を劇的に上げる効果をもたらしたのです。 スズムシソウは「この形状と構造は間違っていなかったのダ」と、益々自信を深めたのです...。

 

 いやいや、高等植物のランのことですから、この構造は意図的であった可能性もあります。 つまり、大きく目立つ薄い唇弁と、それを支える側萼片の構造は、初めから糸状の側花弁を「オトリ」として合わせ技で使った「昆虫の捕獲装置」でもあったのです。 スズムシソウを訪れた雄のヒメヒラタアブは、スズムシソウの擬態に騙され、雌に交尾を迫ろうと花の裏側をモゾモゾ動いているうちに、頭を挟み込んでしまい、身動きがとれなくなるのです。

 

 スズムシソウは、初めから昆虫に花粉を運ばせるとともに、その一部を捕獲し、命を奪って広告塔としても利用してやろうと考えていたのかも知れません。 昆虫を徹底的に利用しつくすのです! これはもう「巧妙」という言葉では足りず、恐ろしいほど高いレベルの「戦略」と言えるでしょう。 さすがは、多種多様な進化を遂げたランです。

 

  「甘い蜜をあげるかわりに、花粉を運んでもらう。 花と昆虫の、蜜月の関係」。これは、本当でしょうか? 実は、花も昆虫も、お互いのことなどどうでもよいのかも知れません。 みんな自分が生きて、子孫を残すだけで精一杯。 相手を利用することしか考えていません。 たまたまお互いの利害関係が一致した場合に、長い付き合いとなり、双方の進化を助ける結果になった。 このように相手を利用することしか考えていないので、スズムシソウが昆虫を捕まえて「リアル広告塔」に使ってやろうと考えてたとしても、不思議ではないと思えるのです。

 


専門家の見解

 

 写真をお送り下さった渡邉さんもこの件については興味を持たれ、専門家に写真を送り、ご意見を聞いてみることになりました。 以下にその返信を転記しますが、私的なメールであることと、ご本人の承諾を得ていないので、大学名や氏名は伏せさせていただきます。 Oさんと、返信の中に登場するSさんは、どちらも植物学の研究で大きな成果を上げられている、署名な植物学者です。

 

◯◯大学助教授 Oさんのご返信

 さて、お送りいただいたスズムシソウとヒメヒラタアブの写真、大変興味深く拝見させていただきました。 同様に、キンギンソウでアリが挟まって死んでいるのを見たことがあり、私も不思議に思っていました。

研究室の後輩で、ランの専門家であるSさんにご意見を伺いましたところ、以下のような回答をいただきました。

 

 「ランの花粉塊は粘着性があり、さらに簡単に花粉塊が取れしまうのを避けるため、ある程度強い力でないと取れないようになっている場合が多いです。 体の大きさは花にピッタリだけれども、力の弱い昆虫の場合、挟まって死ぬということが起こる気がします。 特に、ハナアブやアリではよくみられます。

 

 しかし、スズムシソウの場合、挟まっている場所がちょっと不思議(普通挟まりそうにない部分)ですので、なにかあるのかもしれません。 裏側に執着する理由はわかりませんが、もしかすると、花全体に執着するような行動をとるなら、たまたま挟まることもあるのかもしれません。

 

 花全体に執着するというのは、例えばスズムシソウの花が産卵場所擬態をしていたり、性フェロモン擬態などをしている場合が考えられます。 現時点ではなんとも言えませんので、実際の行動をじっくり観察することをお勧めします。

 

 他のLiparisでも、双翅目が花粉を運ぶので、スズムシソウもヒラタアブが送粉者かもしれません。 ただ、少しスズムシソウの花に対して、ヒラタアブが大きすぎる気もします」

 

 私も、Sさんと同じで、なにか花に執着してウロウロしている最中に挟まってしまったのかなとお写真を見たときに思いました。 もしもスズムシソウが、産卵場所擬態や性フェロモン擬態をしているのであれば、それは大変おもしろい結果だと思います。 お手紙に書かれているように、挟まっているヒラタアブの性別はかなりのヒントになりますので、ぜひご確認くださいませ。

 

ヒラタアブの仲間は同定が難しく、私はお写真だけでは判断ができませんでした。

 

 

 以上ですが、専門家のご意見にも「擬態」という言葉が出て来ました! 意味は少し違いますが、HiroKenの「シロウトの推論」も、まったく的外れではなかったようで、ちょっと嬉しい気分です。

 


今後について

 

 この後ですが、可能であればサンプルのヒメヒラタアブの雌雄がわかればよいなと思います。 これも専門家の方の助けが必要です。 もし雄だったら、シロウトの推論も少しだけ信憑性を帯びるかも... いえいえ、サンプル数が1つだけでは統計的な意味はありませんね。 でもやはり知りたいと思います。

 

 今回、初めて自分たちが撮影したのではない写真のみを使い、ページを作成しました。 写真の提供を快諾下さった渡邉さんに、この場を借りて改めて御礼申し上げます。 どうもありがとうございました。

 

 

2015.07.12 掲載

 

コメント: 2 (ディスカッションは終了しました。)
  • #1

    ゆき (月曜日, 13 7月 2015 21:55)

    こんばんは、HIROさん、kenさん、鈴虫草の不思議ですね、食虫植物とは、イメージは、違うのですが、お花の蜜が、粘着性が、あったのかな?とも、考えました、極まれな不思議な現象ですね。HIROさん、kenさんのお考えと専の方々のお考え、共通する、部分が、ありました。

  • #2

    HiroKen (月曜日, 13 7月 2015 22:36)

    ゆきさん、こんばんは。
    植物の世界には、まだまだ私たちが知らないことがたくさんあると、改めて思いました(いえ、知らないことだらけかも知れません)。 でもそれだけに植物観察がまた楽しくなりそうです。
    蜜に粘着性があることも考えられますね。 何事も決めつけてしまっては、新しい発見はありませんね。 ご意見をありがとうございます。