キソエビネ

 

木曽海老根 ラン科 エビネ属

Calanthe alpina Hook.f. ex Lindl.

絶滅危惧1A類 (Critically Endangered)

奥の間   

 キソエビネ(木曽海老根) ラン科 エビネ属 2013.07.14 北アルプス
 キソエビネ(木曽海老根) ラン科 エビネ属 2013.07.14 北アルプス

 

 辺り一面深い緑が続く薄暗い森の中で、それは忽然と姿を

現しました。 今まで見たことがない、なんとも表現し難い

美しさ。 雨が降り出しそうな天候なのに、花の周りだけぼ

わっと明るく見えるような...  何か異質な雰囲気を醸し出し

ていたのです。

 

 『キソエビネ様、ご降臨!』という感じです。 よくぞ、

私たちの前に姿を現してくれました。 もうひざまずいて

「はっ、はあ〜」とひれ伏するしかありません。

 

キソエビネ

 

 この株は5個の花をつけていました。  下側の2個は終

わり、子房が膨らみ始めています。 8日前の7月6日に

撮影された花友さんの写真を見ると、一番下が丁度良い

具合に咲き、下から2・3番目が半開状態、上の2個は

開花前の状態でした。 その他の情報も含め、この花の

見頃の期間は、およそ10日〜2週間であると推測します。

 

 「幻の花」とも言われます。 それほどに数が少なく、

出会うことが困難なのだそうです。 元々自生地と個体

数が限られていたところ、盗掘で大幅に数を減らし絶滅

寸前の状態に追い込まれてしまっているそうです。これ

は悲しいことです。

 

キソエビネ

 

 亜高山帯の落葉樹林下に生える、常緑の多年草。 高さ

は20〜30cm。 6〜7月に3〜8個花つけます。花は平開せ

ず、ややうつむき加減に咲きます。 萼片と側花弁は紫色

を帯びた薄い紅色で、鋭く尖った先端部はやや黄色くなり

ます。 萼片は広披針形〜長楕円形で長さ15〜17mm、

幅4〜6mm。 側花弁は披針形で、萼片より短いです。

 

 本ページの写真はすべて萼片にとても光沢があるように

見えるのは少し前に降った雨で濡れているためですが、大

変美しく、こんな状態を見ることができて幸運でした。

 

キソエビネ

 

 唇弁は淡黄色、上面に紅色の細い条線が入り美しい。

この唇弁は非常に特徴的な形状をしています。 多くの

エビネ属の唇弁は3裂しますが、本種は3裂せず、ほぼ

半円形で、蕊柱を包むように巻き込み、縁には細かいク

シの歯状の切れ込みが並ぶのです。 唇弁が3裂しない

のは、エビネ属の中では際立った特徴であると思います。

 

キソエビネの花柄子房、距、苞

 

 苞は披針形で長さ8〜15mm、先端は尖ります。 距はほぼ

まっすぐに後方に伸び、先端部がやや上方を向きます。 花が

下向きに咲くので、距は上方に伸びるように見えます。

 

 花柄子房は距より短く、多くのラン科植物にみられる180°

の「ねじれ」はありません。 よってキソエビネは「ストレー

ト・唇弁下側タイプ」のランです。

 

 それでは、花の正面からもっと近づいてみましょう。

 

キソエビネの花の構造(背萼片、側花弁、唇弁)
キソエビネの花の構造

 

 華やかさはないかも知れませんが、なかなか見応えのある花で

見飽きません。 やはりラン科の花は唇弁に目が行ってしまいま

すね。 中央に白っぽく見えるのが蕊柱(ずいちゅう)。 キソ

エビネは蕊柱に翼状の突起があるのですが、これも他のエビネ属

には見られない特徴だそうです。

 

 柱頭(蕊柱の先端)を見ると... アレ? こりゃなんじゃ? 

なんだか昆虫の口吻のように見える突起がある。 画質劣化を

覚悟でトリミングしてみたのが、下の写真です。

 

キソエビネのナゾの突起
 ナゾの突起

 

 蕊柱の左右にある出っ張りが、「翼」です。 で、柱頭先端部にある3本の鋭い突起は、何でしょう? このような形の柱頭を持ったランは思いつきません。 図鑑やネットで調べまくりましたが、まったくこのことには触れられていないのです。 なんだろう〜これは〜

 

 このままでは気になって夜眠れなくなっちゃうので、最近お知り合いになれた愛知県の花友さんにお尋ねしてみました。 この花友さんは、私たちの倍以上の種類のラン科の植物を見ていらっしゃるのです。

 返信は、「う〜ん、もしかすると、雌しべの名残じゃない?」と。

な・る・ほ・ど! ラン科の蕊柱は雄しべと雌しべの合着したもの。 その雌しべの先端部がこのような形で残っているのかも知れませんね。 さすが、私の花の大先輩が「師匠」と呼ぶ方は、目のつけどころが違う!

 

 その通りだとしても、どうしても、これはキソエビネが意図的にこのような形状にしたとしか思えないのです。 植物の花の形状には、すべて意味・目的があると思います。 たまたま、こうなったのではない。 それでは、この形は何を意味するのか?

 

 ここからはシロウトの夢物語になります。 私はこう考えました。 キソエビネは、雌しべの一部を利用して、昆虫の口吻に見立てたものを作ったのです。 まるで花の中の潜んで、やって来る他の虫を捕食するクモに見せかけるが如く、です。 これは、「脅しの牙」なのです。

 

 弱々しい虫が飛んで来たとします。 キソエビネを見つけ、「おっ、ラッキ〜!、蜜をもらおう!」と花に入ろうとすると、目の前に大きな牙が自分を狙っているのに気付きます。 「ヤベ!逃げろ!」と慌てて逃げます。 そう、キソエビネは弱っちい昆虫には来て欲しくないのです。 仲間の数は少なく、一番近くても何キロも離れた場所かも知れません。 弱っちい虫では、遠くまで花粉を運べないでしょう。 遠くまで花粉を運んでくれる、強い昆虫にだけに来て欲しいのです。

 

 強い虫、具体的にはある程度大型のハチの類は、飛翔力が強いので、仲間のところまで花粉を運んでくれる確率が断然高くなります。 そしてそのような強い昆虫は、「脅しの牙」など目もくれず花に入り込んで蜜をもらうのです。 キソエビネも、タダでは蜜を渡しません。 そんな昆虫が来ると、その背中に花粉塊(花粉のかたまり)がくっつく仕組みになっているのです。 そしてその昆虫は、花粉を遠くの仲間まで運んでくれるのです。 これこそがキソエビネが目論んでいる、子孫を増やすための戦略なのです。

 

 植物と送粉者である昆虫は、共に進化してきました。 世界に何万種もいるラン科の植物は、進化の過程であらゆる可能性を試し続けています。 まったくの夢物語とも言えないと思いませんか?

 

(上の文の中で「雌しべ」と書くべき部分が「雄しべ」と誤って記述されていたので、訂正するとともにお詫び致します。2013.07.31)

 


 

 花に顔を寄せて撮影していると、ブ〜ン!と羽音を立てて一匹の

ハチが割り込んで来ました。

 

ハチ:「撮影中に失礼! 蜜をもらうわ」

 私  :「どうぞ。でもその代わりその花粉の塊を彼女の仲間に届けて

    くれないかい? 彼女の仲間が増えるから」

ハチ:「そんなこと言われても... この花はここでしか見たことない」

 私  :「数は少ないけれど、きっとこの山のどこかにいると思うんだ。

    少し上の方を探してみてくれないかな。君だって花が増えれ

    ば、蜜を集めやすくなるだろ?」

ハチ:「わかったわ。探してみる。じゃあね!」

 

 そう言うと、ハチは背中に花粉塊をつけて飛び去っていきました。

 

* * * * *

 

 とても貴重な花を見ることができました。 このページも大いに楽しみながら作ることができました。 キソエビネの情報を快く提供下さったOさん、そのOさんにキソエビネを案内されたBさん、変わった形状の柱頭の考察にヒントを下さったHさん、そのHさんを紹介下さったMさん。 みなさまに心より感謝いたします!

 

2013.07.27 掲載

 

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コメント: 4 (ディスカッションは終了しました。)
  • #1

    石井犬次郎 (日曜日, 18 8月 2013 11:08)

    貴重な写真拝見 色は違いますがキリシマエビネにそっくり。半世紀も育てているのになかなか増えません。ニオイやナツ、サルメンは消えてしまいましたが。埼玉のわが村では、自然観察園が出来るまでは、地エビネ、春蘭などが一杯ありましたのに、今は、来園者が根こそぎにしてしまいました。
     頓首

  • #2

    hanasanpo (日曜日, 18 8月 2013 20:11)

    来園者が花泥棒となってしまうとは、嘆かわしいことですね。どうしたらそういう行為がなくなるのか・・・

  • #3

    BOGGY (金曜日, 06 9月 2013 08:00)

    お久しぶりです。
    毎日リハビリに通っています。少しずつ良くなっているようです。
    Oちゃんに、ヒナノキンチャクを見せて貰う昨年からの計画は泣く泣くキャンセルになりました。
    キソエビネ詳しく研究されて掲載されましたね。とても勉強になりました。
    5年通い続けてようやく見られた貴重な野草です。
    私にはこんなふうにはブログは書けないので、キソエビネをHiroKenさんに紹介できて良かったと思います。

  • #4

    hanasanpo (金曜日, 06 9月 2013 22:09)

    BOGGYさん、こんばんは!

    キソエビネは、本当にありがとうございました。 一生かけても出会えないような希少種をじっくり見ることができたのは、BOGGYさんの粘り強い探索のお陰です!

    ヒナノキンチャクは残念でしたね。でも花は逃げないので、来年ぜひご覧になって下さい。 とても小さいですが、とんでもなく可愛い花ですよ!

    心配しておりましたが、体調が少しづつ良くなっているとのこと、よかったです! 毎日のリハビリはさぞかし大変と思いますが、どうか焦らずに。
    気候の変動が激しい時期ですから、ご自愛下さいませ。

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