オゼノサワトンボの奥の間 

 

.          激レア? 2唇弁のラン

#1 オゼノサワトンボの花の正面(正常花)
#1 オゼノサワトンボの花の正面(正常花)
#2 オゼノサワトンボの花の側面(正常花)
#2 オゼノサワトンボの花の側面(正常花)

 

 2019年8月に、初めてオゼノサワトンボの花を見ることができました。 広大な湿原をテクテク歩いてようやく見つけることができたときは、喜びもひとしおでした。写真#1と#2は、オゼノサワトンボの正常な花です。 十字形の唇弁と、長い距をもつ、少し変わった形の花です。

 

#3 2個の唇弁を持つオゼノサワトンボ  2019.08.08
#3 2個の唇弁を持つオゼノサワトンボ  2019.08.08

  

 多くの花を観察することができましたが、その中で奇妙な花を見つけました。 オゼノサワトンボはとても小さな花なので、撮影時は「なんだか変な花だな」程度にしか思いませんでした。 しかし帰宅してパソコンの大きな画面で見てビックリ、なんと唇弁を2個もつ、「2唇弁のラン」だったのです!(写真#3) 私たちはそれまで2唇弁のランを見たことも聞いたこともなかったので、大変驚きました。

 

 2唇弁のランは、どれほど珍しいのでしょうか? 自分たちは知らなかったのですが、世の中的にはどうなのでしょう? もしさほど珍しくなかったら、専用ページで報告するまでもないかも知れません。

 

 そこでまずインターネットで調べてみました。 しかし、見つからない。 検索ワードを「2個の唇弁をもつラン」「2つの唇弁をもつラン」「2唇弁 ラン」「2コの唇弁 ラン」 以上のラン→蘭に変える などなど、様々な組み合わせで探しましたが、ヒットしません。 最後に「ラン 奇形」で検索したら、ようやく1件、2唇弁のランらしき画像が掲載されたページが見つかりました。

>> Green Snap ミモ3さんの部屋,Phalaenopsis schilleriana,着生植物の投稿画像

 

 日本のサイトではなかなか見つかりませんでしたが、海外ではどうでしょうか?

"orchid with two lips" などのいくつかの検索ワードで探しまわったところ、やっとわかりやすい画像があるサイトを見つけました。 ラン愛好家の集う画像掲示板のようです。

>> Orchid board   Strange Phalaenopsis with two lips

 

 ネット上で見つけることがこれだけ難しいとなると、やはりありふれたものではないのかも知れません。 それに上の2例は植木鉢で育てられている園芸品のようです。 知りたいのは、野生種でどうかということです。 そこで花の先輩方に写真をお送りして、お尋ねしてみました。 私たちよりはるかに多くの種類の野生ランを見られていて、植物に関する造詣も深い先輩方です。

 

 そのご回答は、「こんな花見たことがない。 珍しいものを発見したね!」「こんなランは一度も見た事がない。もちろん聞いたこともない」でした。 やはり、相当に珍しいことは間違いなく、まさに激レア。 わざわざ専用ページを作る価値はありそうです。

 

 先輩方からは、このようなご意見もいただきました。

「時たまニュースなどで双頭のヘビが話題になることがあるが、これと同じ奇形なのではないかと推察する」

「突然変異としか思えない。 たぶんこの株の他の花は通常で、この1花に限っていたのでは無いか? もし1株全部が唇弁2個だとすると脅威的な株で、学術的な調査が必要かと思うが、1花だけだと、なにか偶然な要因が重なって生まれた突然変異で、再現は難しいと思われる」(異常な花は株の中で1個だけでした)

 

#4 2個の唇弁に、それぞれ赤色、青色で着色してみました。第3の側萼片?も見えます

 

 写真#4では、向かって左の唇弁を赤色右を青色で着色してみました。 明らかに唇弁が2個あることが、わかりやすくなったと思います。 それぞれの唇弁の形状に不自然さはありません。 背萼片、2個の側花弁、葯も正常に見えます(葯は矢印を振っていません)。

 

 距が2個あります。 距には花粉を運んでくれる送粉者の昆虫への報酬となる蜜が入っています。 唇弁が2個あるので、唇弁の後ろに続く距が2個あってもおかしくはないのですが、やはり驚くべきことです。 2本の距がそれぞれどちらの唇弁の距であるかは、確認し忘れました。

 

 じっくり見ていると、さらなる驚愕の事実が判明しました。 側萼片が、3個あるのです。 通常の側萼片が左右にありますが(上の写真では右側は隠れて見えませんが写真#3では見えます)、さらに花の真下に側萼片と思われ形状の部位があるのです。 これは第3の側萼片でしょうか?

 

 ご承知のようにラン科植物の花の花被片は、1個の背萼片、2個の側萼片、2個の側花弁と、1個の唇弁から成っています。 これはラン科植物の特徴なので、全世界700属、1万5千種以上といわれているすべてのランの共通項目で、例外はあり得ません(注1)

 

 それなのに唇弁のみならず、側萼片まで増やしてしまったこの花は、完全なる「異常花」といえるでしょう。  奇形、といってもよいと思います。 蕾の状態のときは、いったいどんな形状だったのか興味が湧きますが、それを見ることは叶いません。

 

 上の写真はパソコンで見ている方は、マウスのカーソルを写真の上に置くと、追加したすべての表示を消した画像をご覧になれます。 カーソルを写真から外せば元の画像に戻ります。 この写真はクリックしても拡大されません。 スマホでは写真をタップすると追加表示が消えますが、元の画像を表示させるにはページの再読み込みが必要です。

 

#5 
#5 

 

 さて、花の中心部に目を移し近寄ってみると... またまた驚くべきことがわかりました。 なんと柱頭が3個あるのです!  柱頭とは、雄しべと雌しべが合着(融合)した蕊柱(ずいちゅう)という、ラン科特有の器官の雌しべに相当する器官です。 通常は、もちろん1個しかありません。

 

 しかしこの花は赤い矢印で示したように、3個あるのです。 矢印は柱頭の先端を指していますが、柱頭の基部に注目した方が、3個あることがわかりやすいかも知れません。 柱頭に花粉が付着すると受粉しますが、この花も白色の小さな花粉が多数ついています。

 

 柱頭が3個あるということは、蕊柱も3個あることになりますが、それは花を分解して調べないとわかりません。 しかし柱頭の形状もまともなので、おそらく蕊柱も3個あるのでしょう。 唇弁が2個なので蕊柱も2個ならまだ納得できるのですが、3個の蕊柱はまったく首を傾げるばかりです。

 

 まだ不思議なことが。 左右の薄茶色の部分は葯で、花粉を運ぶ昆虫が訪れるまでは、ここに花粉塊が入っています。 この花では花粉塊(多数の花粉の塊)は持ち去られた後ですが、なぜか昆虫に花粉塊を運ばせる役割がある粘着体が残ったままです(青い矢印)。 ふつうであれば、送粉者の昆虫が訪れ −− 粘着体が昆虫に付着し −− 粘着体と糸状付属体でつながった花粉塊が葯から引きずり出され −− 花粉塊が昆虫に運ばれるのですが、この花は粘着体が残っているにも関わらず、花粉魁がありません。 まったくミステリアスな花です。

 

 このことについて、Hiroがある仮説を立てました。「これだけ多くの異常がある花なのだから、粘着体も複数組あったのでは?」 なるほど、仮に4個の粘着体があったとして、うち2個の粘着体が花粉塊とともに持ち去られたと考えると、状況の説明ができます。 写真で確認はできませんでたが、粘着体も4個以上あったとする仮説はとても有力だと思います。

 

 最後に、正常花と今回見ることができた異常花の、各器官の個数の違いを下の表にまとめました。

正常花と異常花の相違点(単位:個)

分類 背萼片 側萼片 側花弁  唇弁   距   柱頭 

正常花

1 2 2 1 1 1

異常花

1 3 2 2 2 3

 

注1:アツモリソウ亜科の植物の合萼片(ごうがくへん)は、元は2個あった側萼片が進化の過程で1個に合着したものであり、その痕跡も残っているので例外とは考えません。 合萼片を説明したページ:クマガイソウの奥の間  クマガイソウの奥の間2

また、ここでは唇弁が花弁化したペロリアは含めていません。